バドミントンとは?(歴史) フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

■バドミントンの誕生

諸説あるものの、最も有力とされている説は次の通り。元々は1820年代にインドのプーナで行なわれていた「プーナ」(Poona)という皮でできた球をネット越しにラケットで打ち合う遊びを、当時イギリスの植民地であった、インドから帰ってきたイギリス人兵士(イギリスとインドの混血とも)が1873年に本国に伝えたのが始まりとされる。その兵士は、プーナを紹介するためにシャンパンの栓に鳥の羽根を刺したものを用い、それをテニスラケットで打って見せたという。紹介されたのがイギリスのグロスターシアのバドミントン荘という邸宅であったため、バドミントンという名称がついた(ただし、1870年代にはかなり進んだバドミントンルールが存在したことなどから、この起源説に対し、疑問を持つ者も少なくない。ラグビーの起源の話のように、スポーツの起源というものは往々にして脚色されがちである)。

また、英国にはバドルドーアンドシャトルコック(バドルドアアンドシャトルコックとも)という、シャトルコックに似た球を打ち合う遊びが、プーナ伝来よりも遥かに昔から伝わっている。その競技の性質や、名前などから、バドルドーアンドシャトルコックが次第にバドミントンへと変化していったという説も信憑性が高い。初期のバドミントンはバドミントン・バドルドアと称していることも、この説を裏づける。ともあれ、1860年代-1870年代ごろに誕生したらしいバドミントンは次第にイギリス中に普及していった。

その後、1893年、ルール統一の必要性から、イギリスにバドミントン協会が誕生。プレーする人数や、コートの広さ、マッチまでの得点などが様々だったが、これ以後、ルールの統一が進んでいく。当時のバドミントンは、バックバウンダリーラインから、ネットに向けて狭くなっていく、バスケットボールのフリースローレーンのような形のコートを2つ合わせたような形であった。これは、バドミントン荘がそのような形状であったから、というのが定説である。

1899年にはロンドンで第一回全英選手権が行われ、1921年にカナダ、1930年にデンマーク、オランダ、フランスにバドミントン協会が設立され、そして1934年に世界バドミントン連盟が誕生した。


■日本での普及

日本では1921年、横浜YMCAの体育主事をしていた広田兼敏氏が名誉主事のアメリカ人スネード氏から用具一式を寄贈されたことが始まりとされている。広田氏はその後、在日欧米人よりバドミントンについて学び、1933年に横浜YMCAの体育活動に取り入れ、1937年にはバドミントンクラブを設置したという。

その後、第二次世界大戦のために普及活動は停滞するが、1946年、終戦後早々と各地のYMCAなどのクラブチームはバドミントンを再開した。同年、11月2日、日本バドミントン協会が設立される。1948年、第1回全日本総合バドミントン選手権大会開催、日本体育協会に参加。1949年、第四回国民体育大会の競技種目となり、1950年第一回全日本学生バドミントン選手権開催、1951年第1回全国高等学校体育大会バドミントン競技大会開催、第1回実業団バドミントン選手権開催、1952年国際バドミントン連盟加盟と、急速にバドミントンは普及する。

1954年男子チームが初の国際大会となる第3回トマス杯大会アジア地区予選に出場。また、女子は湯木博恵などを中心に1965年-1966年、1968年-1969年、1971年-1972年、1977年-1978年、1980年-1981年に、最も権威ある国際大会の一つであるユーバー杯で優勝するという快挙を成し遂げた。


■近年のバドミントン

1972年のミュンヘンオリンピック、1988年のソウルオリンピックでは、公開競技として行われた。1992年のバルセロナオリンピックより正式競技種目として採用され、以後、2012年のロンドンオリンピックまで、実施予定競技として決まっている。国際バドミントン連盟(IBF)は、オリンピック種目として生き残ることを視野に、2000年から 7点5ゲーム・サイドアウト制の試行を始めた。この得点システムは2002年6月に見直され、元の15点(女子シングルスは11点)3ゲーム・サイドアウト制に戻された。2003年3月に、イングランドの呼びかけで開かれた IBF臨時総会では、9点5ゲーム制、女子種目と混合ダブルスの11点3ゲーム制(いずれもサイドアウト制)などが検討されたが、再び旧ルールに戻る結末を迎えた。2005年は、IBFの提案により、新しいルール、試合時間が短くなりテレビ放映に有利で、ラリー毎に集中することが見込めるラリーポイント制について、実験的採用が行われた年となった。2006年5月6日、トマス杯ユーバー杯開催中の日本の東京で開かれた IBF年次総会において、21点ラリーポイント制の得点システムが加盟各国理事に満場一致で支持され、2008年の北京オリンピックを含む IBF の世界ランキング大会は、これで行われることが正式に決定した。 2006年9月、国際バドミントン連盟は、世界選手権開催中のスペインのマドリードで開かれた臨時総会において、名称を 世界バドミントン連盟に変更することを決め、発表した。

バドミントン上達法キャンペーン実施中!

Yahoo!ブックマークに登録

無料メールマガジン

私は本気であなたのお役に立ちたいと思っております。バドミントンに関するお得な情報を不定期ではありますが配信させていただいております。登録・解除はいつでも可能なのでお気軽にどうぞ。
お名前:
email : 

MENU

バドミントンwiki

当サイトについて